武内P「女性は誰もがこわ……強いですから」

55629365.jpg
1:2017/02/11(土) 16:48:40.05 ID:
・アニメ基準

・武内Pもの

・長い

・マジで長い

①私たちが知らない女性と、抱き合ったりしたことあるんでしょうか

「プロデューサー……付き合ってた人っている?」

それは脈絡の無い問いでした。

冬の夜は暮れるのが早い。
冷たい雨が降り注ぐ音と道路の喧騒が外で鳴り響く一方で、車内は長いこと静かでした。
そんな信号待ちの最中に、不意に静けさを破って助手席から今の質問が発せられたのです。

ひょっとすると彼女が今の今までずっと黙っていたのは、質問する機をうかがっていたからなのか。
驚きのあまり、ついまじまじと彼女――渋谷さんを見つめてしまう。

渋谷さんはシートに身を預け、私から顔をそむけるようにして頬杖をつき、窓の景色を眺めている。
質問する機をうかがっていたのではないかという推測が的外れに思えるほど、その姿は平静でした。

――ふと、一年前のことを思い出してしまう。

あの時も車内で二人きりでした。
ただし彼女は渋谷さんとは違い、いつも以上によく話したかと思いきや突然黙り込み、それから突然同じ質問をしました。
私から顔をそむけ、しかし顔が真っ赤であることが耳まで染まっていたことからわかり――

「プロデューサー」

「は、はい」

「信号、青だよ」

後ろからクラクションが鳴る。
どうやら思索にふけりすぎたようです。
慌てて足をブレーキからアクセルへと踏みかえます。

「その……私に付き合っていた人がいたかどうかですが」

「うん」

「大学生の頃に一度だけあります」

「……………………ふーん、そっか」

その声は異様なまでに平坦でした。
理由はわかりませんが、胃の辺りが締めつけられたような錯覚すら起きます。
チラリと助手席の様子を見るも、先ほどと何の変化も見受けられません。

……サイドミラーからでも彼女の顔が見えないのは幸か不幸か。

渋谷凛

SSWiki : ss.vip2ch.com/jmp/1486799319


2:2017/02/11(土) 16:49:39.48 ID:
「どれぐらいの期間付き合ってたの?」

「一年と……半年ぐらいです」

「けっこう、長いね」

「え、ええ」

「それで、どちらから告白したの? 相手の人のどんなところが好きだったの? 今でも連絡取ってるの? なんで長続きしたの?」

平坦であった声が乱れ始め、熱がこもる。
年頃の少女だ。身近な異性のそういった話に興味を持つのは別に不自然な事じゃないのでしょう。

もっとも、渋谷さんの興味を持つ姿勢はやや不自然に思えますが……

「相手の方から……になりますか」

「なんだか歯切れが悪いね」

歯切れが悪くならざるを得ない内容ですから。
酔って同僚に話すならともかく、女子高生に聞かせる話では――

「妙に周りの人にお酒を勧められて潰れてしまって、目が覚めたら女性の部屋だったとか?」

「……ッ!?」

「なんとなくそんな光景が思い浮かんだんだけど……当たりみたいだね」

真相をあっさりと言い当てられ思わず息をのむ。
女の勘という言葉がありますが、それを目の当たりにする度に背筋が凍る思いをします。
まして、それがまだ十五歳の少女となれば言わずもがな。

「で、付き合わざるを得ない状況だったから付き合った。別に相手のことが好きだったわけじゃないってことだよね?」

「……いえ。好きか嫌いかで言えば好きだと断言できる程度には、好意を持っていました」

「……………………ふーん」

渋谷さんの声が跳ね上がったかと思うと、一瞬にしてまた平坦な声に戻ってしまいました。
好意を持つ者同士が結ばれる話は年頃の少女が好む類いだと思うのですが……わからないものです。

「ただ、彼女と付き合うことを願っていたわけではありません。私とはまるで違う視野を持っていることを尊敬していて、面白みの無い私に何かと話しかけてくれたことに感謝はしてい

まして……良き友人を持てたと思っていました」

「プロデューサー……多分その人、色んな方法でプロデューサーにアプローチしたけどまるで気づいてもらえなかったら、周りの人に協力してもらって強引な手に出たんじゃないの?」

「はい。付き合い始めてから教えてもらいましたが……なぜ渋谷さんがそれを?」

「別に。プロデューサーは昔からプロデューサーなんだなって」

「は、はあ」

当然ですが大学生であった私はプロデューサーではありません。
346に入社して数年経ってからなのですが。


3:2017/02/11(土) 16:50:28.43 ID:
「それで? 今でも連絡取ってるの? 大学の同窓会で顔を合わせたりしてないよね?」

私が彼女と会うことに何ら問題は無いはずですが……渋谷さんと話しているとなぜか悪いことのように思えてきました。

「最後に会ったのは一昨年のことで、旦那さんと幸せそうにしておられました」

「……そっか。幸せそうでで何よりだね」

「ええ」

「じゃあプロデューサーはその人と別れてから誰とも付き合ってないんだよね?」

「まあ……そうなってしまいますね」

「別にいいと思うよ。次々と女の子をとっかえひっかえするよりずっと」

ようやく渋谷さんの調子がいつもに、いえどちらかというといつも以上に良くなってくれました。
しかし機嫌の良い渋谷さんを見ていると、どうしてもまた一年前のことを思い出してしまいます。

そうでした。
彼女は最初、私に交際経験があると知った時はなぜか硬直し顔が青ざめ、しかし別れてからはずっとフリーということがわかると今の渋谷さんのように上機嫌に――

「ねえ」

その言の葉はまるで氷の刃のように私の背筋を貫き――

「今、誰のこと考えてたの?」

――寒さに怯えた心臓が熱を送ろうとがむしゃらに走る。

……胸に手を当てずとも自分の心拍数が上がったことがわかってしまいます。
年頃の少女というのは本当に難しい。
逆鱗に触れた後でも、何が逆鱗であったのかわからないのですから。

「実は……前にも今のように車で二人の時に、同じ質問をされたことがあります。そして彼女の反応が渋谷さんに似ていたもので、つい」

「ふーん」

別に思い出しただけですが、快不快は人それぞれ。
話してまずい内容でも無かったので正直に伝えてみると。

「楓さん……ううん、美嘉か」

あっさりと言い当てられハンドルを握る手が強張り、車体がぶれてしまう。
みっともなく動揺する自分の心が現れたようでますます恥ずかしくなる。


4:2017/02/11(土) 16:52:43.36 ID:
「ねえプロデューサー?」

「……な、なんでしょうか」

答える声が上ずっているのが自分でもわかります。

「美嘉と付き合ったりしてないよね?」

「…………はい?」

それはあまりにも想定外の質問でした。
呆気にとられたまま渋谷さんの意図を探ろうと見つめてしまい、視界の端でいつの間にか前の車が停まったことに気がつき慌ててブレーキを踏む。

「……うん。どうやら違うみたいだね」

「その……なぜそのような有り得ないことを?」

「有り得ないかな? だってプロデューサーと美嘉って、妙に距離が近いんだもん」

多分、私以外にもそう考えている人は何人かいるよと渋谷さんが続けるのを、頭を振って否定する。

「確かに……彼女は担当だった頃から不甲斐ない私を叱咤してくれました。担当ではなくなった後も、妹さんや後輩たちを心配してのことでしょうがよく顔を出しては助言をくれました。しかし城ヶ崎さんが私などにそのような感情を持つことはあり得ません」

そもそもプロデューサーである私が、彼女たちをそのような目で見るわけにはいきません。

「それにしても……渋谷さんにしても城ヶ崎さんにしても、なぜ私の交際関係をそこまで気になさるのでしょうか?」

この話題を続けるのはよくないと、ずっと気になってきたことを尋ねる。

プロデューサーって彼女いたことあるの? という具合に普段の会話の流れで聞かれるのならば気になりませんが、二人とも他の人がいない状態で真剣な様子で聞いてきたのです。
どうしても気になります。

「だって……プロデューサーってば優しいうえに押しに弱そうだから、変な女に引っかからないか心配だもん。お世話になった人がそんな目に遭うなんて嫌だし、美嘉もそうだったんじゃないかな」

「……そのように、思われていたのですか?」

「げんに大学生の頃はそうだったじゃない」

ぐうの音も出ない、とはこのことでしょう。
それにしても自分の年齢の半分ほどの子たちにこのような心配を持たせてしまうとは……情けなさに思わず肩が落ちてしまいます。

「ああっ、そんなに落ち込まないで。私たちが勝手に心配したことなんだから。ほら、そろそろ信号変わるよ」

渋谷さんはそう言って励ますように肩を撫でてくれました。
想えばこのように励ましてくれたり、プライベートのことを心配してもらえるのは、良き信頼関係を築けているからかもしれません。
落ち込むことばかりではないのでしょう。

「……まあそんなわけで、私たちはプロデューサーが変な女に引っかからないか心配なの。プロデューサーって大手346の出世コースで収入も良く出費もあまりしない三十歳前後の高身長イケメン、ていう悪い女がこれでもかってぐらい寄ってくる要素の塊なんだから」

「イケメンではなく強面、警察のお世話によくなる、身長は高すぎて幅もある……ではないでしょうか」

「何もしてないプロデューサーを疑う警察が悪いし、女より痩せてそうな男なんてタイプじゃないし……あと私、プロデューサーの顔は良いと思う」

お世辞だと分かっていても、人気アイドルにここまで褒められて悪い気はしない。
頬が赤くなっていないかと心配に思いながら、右折のタイミングを見計らう。

「……だからプロデューサー。もし誰かと付き合いそうになったら、一言私に言ってくれない? 同性だからわかることってあると思うから」

右折の最中であったため渋谷さんの表情をうかがうことはできませんでした。
しかしその言葉が私の身を案じてのことなのはわかります。
そうすることで渋谷さんが安心してくれるのならと思い、私はその提案を了承しました。

――三日後に、彼女の前で身をすくませながら一言どころか延々と説明する羽目になるとは夢にも思わず。


5:2017/02/11(土) 16:53:37.54 ID:
②中庭でプロデューサーさんが思いつめた顔をしていて……

缶コーヒーが手のひらを暖める感触が心地いい。
缶コーヒーから少しずつ熱が奪われていくのが名残惜しい。

中庭のベンチに腰掛け、落ち葉が木枯らしに翻弄される姿をぼんやりと眺める。

多少余裕はあるものの、今日中に終えなければいけない仕事はまだまだあります。
ですがどうしても昨日の渋谷さんとの会話が脳裏をよぎり、それを整理しようと空調の効いた部屋を抜け出してきたものの考えがなかなかまとまりません。

「ちょっと。ボーッとしちゃってどうしたの?」

後ろから声と共に両肩に手が置かれます。
振り返り見上げると、そこには勝ち気な笑みをした城ヶ崎さんの姿がありました。

彼女にはこの笑みが似合う。

自分に絶対的な自信があり、しかし慢心せず。日々精進するだけでは飽き足らず周りにも目を配り、仲間と共に駆け上がる。
集団の中心であることを天から約束されたかのような笑み。
たとえ挫折してもそれすらも糧にして立ち上がり、最後には必ず勝利が約束されている。

「だーかーら、どうしたって訊いてるでしょコラ★」

見惚れていると体を前後にゆさぶられてしまい、半分ほどになっていた缶コーヒーを念のため横に置きます。
ふと、昨日の渋谷さんの言葉を思い出します。
私などと城ヶ崎さんが付き合っているのではないかと勘繰っている人が、何人かいると。

思えば城ヶ崎さんが異性と気軽にお話する姿はよく見受けられますが、今のように体に触れてじゃれ合う姿を見たことは一度もありません。
私、以外には――

「で、何をまた一人で思い悩んでいたの? アタシが見たところCPの娘たちは皆元気そうだけど」

隣に腰掛け、顔を間近にもってこられて年甲斐もなく焦ってしまいます。
目線をそらしつつ、まさか今考えていたことを言うわけにもいかず、咄嗟に別の――しかし考え事の一つであったことを述べることとしました。

「実は、城ヶ崎さんの担当をしていた頃のことを思い返していました」

「ふぇっ!? アタシの!?」

「はい……車の中での貴女の問いかけについてです」

「車の中って……あっ。そ、そんなことしみじみと思い返してんじゃないわよっ」

城ヶ崎美嘉


6:2017/02/11(土) 16:54:24.04 ID:
顔を赤くした城ヶ崎さんに、今度は肩を叩かれてしまいます。
あの時の城ヶ崎さんは顔が青くなったかと思えば次は赤くなるなどして、思い出されて愉快なことではないと今さらながら気づきます。
ですが、これで話が逸れ――

「でも別に今思い悩むことじゃないし……けどアンタ嘘をついている様子じゃない……微妙に内容をずらしてる」

ホッとしたのもつかの間。
顎に手を当て、私の目を見つめながら城ヶ崎さんが考察を進めていく。

「莉嘉……だったらアンタこんなに深刻な顔しないよね。重く受け止めざるをえない高校生以上……凛に似たようなこと訊かれた?」

「……はい」

これも女の勘と呼んでいいものか。
違ったところで私という人間をここまで見抜いているのです。
畏怖の念を覚えて素直に降伏することとしました。

「私が不甲斐ないせいで、問題のある女性となし崩しで交際するのではと貴女や渋谷さんに心配をかけてしまっています」

「そういった理由もあるけど、本当の理由は別にあるんだけどなー」

別の理由とは何か。
気にはなりましたが答えるつもりはないのでしょう。
城ヶ崎さんは顔を横にそらしてしまいました。

「ですが安心してください。もし私が誰かと付き合おうとする前には渋谷さんに一言報告するように約束したので、問題のある女性と交際することはありません」

それは担当ではなくなった後でも、何かと気をかけてくださる城ヶ崎さんに安心してもらおうとした言葉でした。
それなのに、なぜか城ヶ崎さんは魔法で石にでもなったかのように急に動きを止めてしまいます。

「城ヶ崎さん?」

「……ふーん、そうなんだ。そんな大切なプライベートな件を、担当しているアイドルに任せてるんだ。アタシの頃もそれぐらい頼ってくれてよかったんだけどね」

ようやく振り返ってくれたその顔は、心なしか頬が引きつっているように見られます。

「ただ、凛だけに任せるのはちょっと心配かな」

「と、言いますと」

「凛ってさ、口にはしないだろうけどかなりアンタを信頼して慕ってるんだよ。アンタが変な女に騙されないか心配するぐらいにはね」

アタシも、凛ほどじゃないけどねと膝に置いていた手の甲を軽くつねられました。
痛みはまるでなく、控えめに服の裾を指でつままれたかのような感慨が催す。


7:2017/02/11(土) 16:55:45.39 ID:
「だから他の女にアンタを取られそうになったら内心面白くないだろうし、悪気無しに採点が厳しくなってほとんどの相手は却下されるんじゃないかな」

「そのようなことが……」

「よく遊んでくれた近所のお兄さんに彼女ができて面白くない……って感じかな?」

渋谷さんがそこまで慕ってくれているという実感は正直ありません。
しかし私の交際相手に問題が無いか気にされていたことを考えると、有り得ない話ではないのでしょう。

「ま、まあそんなわけだからさ!」

城ヶ崎さんの指が私の手をつねるのを止め、空中でピアノを叩くように踊ったかと思うと、ぎこちなく私の手に重ねました。

「あまり凛一人の判断に委ねるのは危ういと思うから、念のため私にも一言あると嬉しいな★」

「……わかりました。その時には城ヶ崎さんにも相談させていただきます」

それで城ヶ崎さんが安心してくださるのなら。

重ねられた手が強張るのが伝わってくる。
重要な話は終わったはずなのに何があったのか。
よく見ると彼女の視線は泳ぎ、外気にさらされ乾いてしまった唇を潤している。

「ああ、あとさ! 私たちが心配している理由はアンタが押しに弱いから……自分からグイグイ行く肉食系だったらこういった心配しないんだよ。前に聞いた大学の話でも相手にいいようにされたみたいだし」

「申し訳ありません……」

「というわけで、アンタは自分から女の子にアプローチすることに慣れる必要あり★」

片手は私の手と重ねたままで、身を乗り出してもう片方の手を私につきつける。
その顔は笑ってはいましたが、初ライブ直前の時のように緊張であがっているように見えます。

「確かに……前々からそういった経験が必要ではないかとは思っていましたが」

「ま、まあアンタこういうのに慣れてないからね。そんなに親しくない人や、通りがかりの人にナンパするっていうのはハードルが高すぎるよね!?」

「は、はい」

「だからえっと……こ、これから三日以内にアタシをデートに誘うこと!」

「城ヶ崎さんを……デートに、ですか?」

考えもしなかった提案に思わず目を見開く。
言いたかったことを言い終えたからでしょう。
城ヶ崎さんかの表情に余裕がいくぶんか戻り、しかしやや早めの口調で説明してくれます。

「ほら、私とアンタの仲じゃない。他の娘たちと比べてグンと誘いやすくて練習にいいでしょ? それに私もアイドルになってから一度もデートしてなくて、たまにはしたいなって思っててさ。Win-Winの関係ってやつ★」

「それは、そうなのかもしれませんが……」

プロデューサーである私がアイドルをデートに誘うという最大のハードルが無視されています。
しかしそれを告げようとすると何故か、重ねられ、そしていつの間にか絡められていた彼女の手が押しとどめるような錯覚に襲われるのです。

「もちろん練習だからデートの内容が不合格だった場合は再試験ってことで、気合い入れるように!」

「じょ、城ヶ崎さん!?」

城ヶ崎さんはそう言うと勢いよくベンチから立ち上が――――ろうとして、私と指が絡まったままなので後ろに引っ張られ、ベンチに戻ってしまいました。


8:2017/02/11(土) 16:56:56.06 ID:
「え? ええ~?」

「城ヶ崎さん、お怪我は?」

「いや、別に痛くないんだけど……え、なんで!? なんで指がとれないの!?」

どうやら緊張がほぐれていたのは表情だけだったようで、指は私の手に絡められた状態で固まっていたのです。

「うっそ……恥ずぃ」

「……レッスンの疲れでしょうか。指先がキレイに伸びきった姿は魅力的ですからね」

「……ッ!? そ、そうだったそうだった! トレーナーさんによくほぐすように言われてちゃんとしていたつもりだったんだけど、足りなかったみたい★」

恋愛経験が豊富であるように見せている彼女の面子を守ろうと、とっさに思いついた言葉でしたが受け入れてくれたようです。
城ヶ崎さんだけではなく私も安心しつつ、小指から順に、間違っても傷つけないようにそっとほどいていき――

「ちょ、ちょっと待った!」

「はい?」

薬指にさしかかった時でした。
平静を取り戻したと思っていた城ヶ崎さんが、今日――いえ、今まで見た中で一番顔を赤くして硬直しています。
その瞳は潤み、夢うつつの中にあるかのようでした。

「それ……左手……」

「え、ええ。左手ですね」

「ゆっくり……優しくしてね」

今にも消え入りそうな儚げで城ヶ崎さんらしからぬ声が気にはなりましたが、このままというわけにもいきません。
許可も下りたので、小指の時よりもさらに慎重にとりかかります。

細長く形を整えられた水色の爪をまかり間違っても傷つかないようによけつつ、節くれだった無骨な私の手が触れていいものかとためらってしまうガラス細工のような指をそっとつまみます。
柔らかな指はしっとりと、そして外気のせいでヒンヤリとしていて、暖めてあげなければという思いからつい握り締めたくなります。

薬指をほどき、そして最後の親指が終わるまで、城ヶ崎さんは一言も発しませんでした。
私も指をほどくのに集中していて、城ヶ崎さんの様子はうかがえません。

ただ、絡まった指を覗き込むために前かがみになった私の首筋に当たる吐息から、城ヶ崎さんの呼吸がどういうわけか不規則なように思えました。

「これで終わりです。痛くなかったでしょうか?」

「……大丈夫。優しくしてくれたから」

城ヶ崎さんはまだ夢うつつの中にあるのか。
私から目をそらしながら今にもよろけそうな具合で立ち上がる。

様子のおかしさから送って行かなければと私も立ち上がりかけた矢先のこと。
それを制止するかのようなタイミングで彼女は数歩先で立ち止まり、ゆっくりと振り返る。

「デートのお誘い……楽しみにしてるから」

「……ッ!?」

それは、初めて聞く声音でした。

細められた流し目、内に込められた想いが漏れ出ているかのような白い吐息、紅潮した頬。
それらと相まって、抑揚をおさえようとして、しかしわずかに抑えきれていない音色は、まるで女の情念が込められているかのような錯覚を起こします。

私が返事をすることができないまま硬直し、落ち葉を踏みしめて去っていくその姿をただただ見送ることしかできませんでした――


9:2017/02/11(土) 16:58:26.84 ID:
③楓さんに気づかれました。楓さんはごまかせません

どれだけ考えごとが多く頭を悩ませていても、もはや日常と化している事務処理は滞りなく進めることができました。
閃きが必要となる案件が無かったことに一安心しつつ、明日も今日のようにうまくいくかわからないことに目まいを覚えます。

帰宅の手続きを終え、今の時間ならスーパーの惣菜が売り切れず、なおかつ値引きもされているだろうと廊下を歩いていますと――

「はあ……」

物憂げな表情で高垣さんがため息をついていました。

「高垣さん、どうされましたか?」

「あ……プロデューサーさん。実は悩みがありまして」

「悩み、ですか。私でよければお聞きしますが」

幸い今日は早く仕事が終わりました。
高垣さんの悩むを聞く時間は十分にあります。

「……いいのですか?」

「当然です。私に話すことで悩みが解決されるとまではいかずとも、その糸口となれれば幸いです」

「実は――」

よほど抱えている悩みが重いのか、あるいは人には話しづらいのか。
高垣さんは迷いはしたものの決心されたようで、その桜色の唇をそっと開きました。

「私が以前お世話になった人が悩みを抱えているようなんですけど、私を頼ってくれないんです」

……ポップだけではなく演歌も歌えるその舌は、驚くほど鋭く私の痛い所を貫きました。

「その人が私の悩みを解決できたら幸せなように、私もその人の悩みを解決をできたら幸せなのに……水臭いと思いませんか?」

「そ、そうかもしれませんね……」

自分でも不自然だとわかるほどに勝手に目が泳いでしまいます。
これまでの経験上、この人が本気で怒ってしまったら誰も勝てません。

いえ、勝てないという表現は正しくないのかもしれません。
穏やかな彼女を怒らせてしまったことによる自責の念で、争おうという気概を根こそぎもっていかれるのです。
本気の彼女に立ち向かうには、それこそ人生を賭けるほどの決意が不可欠であり、痛い所を突かれた私にそんなものがあるわけがありません。

とはいえ、高垣さんがどこまで知っているのかわかりませんが、昨日今日のことをそう簡単に話すわけにもいかないのですが……

「むー。プロデューサーさんのお口は、いつも以上に固いみたいですね」

子どものように頬を膨らませるその姿は、彼女の怒りがまだ深刻ではない証左のようであり、かすかな希望を見いだせました。

次の瞬間、両側から希望をもぎ取られましたが。

「それじゃあビールかけしよう! ビールを飲めば悩みなんか半分吹き飛ぶ! キャッツが勝てばもう半分も吹き飛ぶから!」

「居酒屋に連行ね。貴方には黙秘権も弁護士も呼ぶ権利はありません、なんちゃって♪」

「姫川さん!? それに片桐さんまで……」

いつの間に近づいていたのか、二人に両腕を拘束されてしまいます。
あらかじめ申し合わせていたのでしょう。

「申し合わせて、もう幸せ♪ さあプロデューサーさん、貴方のお口が緩くなるまでとことんお酒に付き合ってもらいますからね」

高垣楓


10:2017/02/11(土) 16:59:30.85 ID:
※ ※ ※

プロデューサーがアイドルとお酒を飲むことは、あまり褒められたことではありません。
今回は二人っきりというわけではないので高垣さんも考えられての事なのでしょうが、よりによって呼ばれたのがこの二人では……その、なんと言いますか。

「吐けー、吐けー! 田舎のおっかさんがカツ丼をおまえに食べさせたがって泣いてるんだぞー!」

「あんまり強情だと他所から選手とってきた時、プロテクトかけてやんないぞー!」

「ウフフ」

六人用の掘りごたつの個室で、左右に姫川さんと片桐さん、そして正面に高垣さんというまさかの布陣を敷かれることから宴は始まりました。
奥と手前に二人ずつが普通ではないですかと抵抗しましたが、酔っぱらうから大丈夫だよというまだ一滴も飲んでいないのに酔っぱらった回答で封●されたのです。
グラスが半分を切ると左右正面から次々と注がれ、もはや自分がどれだけ飲んだのかわからない状態となりました。

いっそのこともう白状してしまうかという考えが何度も浮かびました。
しかし情けない話をして私が恥をかくのはいいのですが、問題は渋谷さんと城ヶ崎さんのプライベートにも関わることです。

昨日の話を聞いた城ヶ崎さんは、渋谷さんは私が他の女性にかかりつけになることを嫌っていると推測しました。
それが本当かどうかは別として、昨日の話を三人にもすれば似たような結論を出すかもしれません。
それは渋谷さんにとってあまり愉快な話ではないでしょう。

今日城ヶ崎さんとの間であった話はなおさらです。
プロデューサーである私がアイドル、それも女子高生をデートに誘うことになったなど、口が裂けても言えません。
その部分をぼかして伝える手もありますが、昨日今日と女性の勘の怖さをまざまざと見せられた私にとってその選択肢は、全て打ち明けるのと同義です。

何としてもここは持ちこたえなければ。

「プロデューサーさん……」

「な、なんでしょうか」

「お?」

「楓ちゃん?」

ニコニコと、これまでの経緯さえ無視すれば見るだけで癒される笑顔でお酒を飲み進めていた楓さんが、神妙な顔つきで私を見つめます。
場の空気が途端に変わり、隣の部屋の喧騒でさえもどこか遠くの世界のようでした。

「話してはくれないんですか?」

「は、はい」

「でも悩んでいますよね」

「そ、それはそうですが……ッ!?」

「悩んでいるのに……私に、相談してくれないんですね」

夜露に濡れた朝顔の雫のように、彼女の頬を涙がつたった。

「た、高垣さん……?」

「ごめんなさい……迷惑だったですね。私、まだ人付き合いが苦手なままで、どうすればプロデューサーの力になれるかわからなくて。お酒の力を頼ってみたんですけど……どうしたところで、私なんかじゃ」

泣き崩れるでも、泣きじゃくるでもなく。
ただ淡々と、静かに自分の力の無さを受け入れて己のみを責める涙を見せられて、もはや私に選択肢などありません。

「そんなことはありません! おこがましいとは思いますが、貴女のような光り輝く逸材を担当できたことは私にとって誇りであり、人柄も能力も信頼しています。貴女にこうやって気にかけてもらえるのは何よりの幸せです。今抱えている問題は私自身整理しきれていないものだったのでためらいましたが、今決心がつきました。話させていただきます」

「……本当に?」

「ええ!」

「じゃあすみからすみまでぜ~んぶ話してくださいね♪」

「はい! ……はい?」


11:2017/02/11(土) 17:00:56.73 ID:
罪悪感と決心がどこかに立ち消える。
目の前に先ほどまでいたのは嘆き悲しむローレライであったはずなのに、今は陽気に笑う酒の使徒だ。

「いやー、今のは会心の涙だったね。よっ! 月9の女王!」

「もう女優だけでも食っていけるんじゃないの。アイドルのままじゃ結婚できないし、転向本気で考えといたら?」

「そうですねー。良い人がいればそれもいいですね。チラ、チラ」

天を仰ぐ。
天井が近くなったり遠くなったりして見える。

女の勘は怖い。
女の涙だって、同じぐらい怖い。

「なるほど……なんとなく事情は察していましたが、ここまでのことになっていたんですね」

酒で肉体をやられ、精神は高垣さんの涙で根こそぎもっていかれ。
気がつけばどうやら昨日今日のことを洗いざらい打ち明けていたようです。

「プロデューサー君。分かってはいると思うけど、二人とも十八歳未満よ。そりゃあ美嘉ちゃんはギリ結婚できる年齢だし、凛ちゃんだって結婚を前提にしてご両親に挨拶すればギリ大丈夫だけど、それは法律や条例での話であって、社会常識と照らし合わせればアウトなのよ」

私はいったいどんな打ち明け方をしたのでしょうか。
片桐さんは怒っているというより、本気で私の身を心配して語りかけてくれている。

と、そこで。

「まあーまあー、いいじゃない早苗さん。今は清い関係みたいなんだから」

姫川さんがまだまだ続きそうな片桐さんの言葉を遮ったかと思うと、両肩を意外なほど強く握ってきて真正面から向かい合う形に私を変えた。

「いいプロデューサー? ギリギリストライク、ギリギリボールって球じゃ見逃しは狙えても空振りは狙えないよ」

「つ、つまりなんでしょうか?」

私の頭が酔いで理解できないのか、それとも姫川さんも酔ってまともに説明できていないのか、その両方なのか。
話の流れがまるで読めません。

「だーかーら! 女子高生なんてギリギリ許されるかもしれないコーナーのすみを突くんじゃなくて、キャッチャーの手前でバウンドするフォークで空振り三振狙おうよ! 女子中学生いこう女子中学生!」

……どうやら、今日の姫川さんはもうダメなようです。
三人でそっと目を見合わせます。

「一人オススメな娘がいてね。14歳で142センチで世界で一番カワイイタタタタタタッ」

「青少年保護育成条例違反教唆の疑いで現行犯逮捕します」

「何かおかしい! 教唆された側が犯行に及んでいないのに教唆で逮捕されるなんてよくわかんないけどおかしい!」

「だまらっしゃい! こういったバカ真面目な好青年は一歩踏み外せばすごい勢いで落ちていくもんなんだからね!」

「純愛だから! 初恋を叶えであげだいだけだから!」


12:2017/02/11(土) 17:01:51.82 ID:
お二人が一緒に来てくれたおかげで重い話にならずに済んだと考えるべきか、それともまともに相談できないと嘆くべきか。

「しかしプロデューサー。私は凛ちゃんと美嘉ちゃんの懸念は一理あると思います」

「高垣さんもそう思われるのですか……っと、すみません」

向けられた徳利にお猪口を差し出す。

「はい。だから付き合う前に信頼できる周りの人に相談するのも、女性へのアプローチに慣れるためにデートに誘う練習をするのもいいことだと思います」

ずっとこれでいいものかと悩んでいたのが、高垣さんに肯定されるや否やかき消えてしまいました。
自然とお猪口を口に運び、熱い液体が喉を通って体を芯から暖める。
今日一番酒が美味いと思える瞬間でした。

「ですが……ちょっと心配なことが」

「何でしょうか?」

「美嘉ちゃんは凛ちゃんのことを、プロデューサーのことを慕うあまり付き合う相手への採点が厳しくなりかねないと言ったそうですね。けど美嘉ちゃんだって凛ちゃんに負けていませんよ」

「城ヶ崎さんが?」

「あら、そんなに意外な顔しちゃかわいそうですよ」

そう言われても、そもそも渋谷さんがそこまで私を慕ってくれているということ自体納得しきれていないのです。
それなのに城ヶ崎さんまで同じぐらい私を慕っていると聞かされても、狐につままれたかのような気分でした。

「だからデートの内容の採点だってわざと厳しくして、合格点が出るまでと言ってずっとプロデューサーとのデートを楽しもうと考えているかもしれません」

「……私とのデートなど退屈だと思うのですが」

「むう。私の言うことを信じてくれないんですね」

お酒がまわり始め赤く染まった頬を愛らしく膨らませる姿に、思わず笑いがこぼれてしまう。
私が笑うのを見てますます高垣さんの頬が膨らみ続け、やがて限界が来て「ぷふー」と割れてしまった。
お互いクスクスと笑ってしまいます。


13:2017/02/11(土) 17:02:40.65 ID:
――

――――

――――――――

「じゃあこうしましょう。美嘉ちゃんとのデートが不合格になるたびに、私と反省会をするんです」

そろそろお開きとなり、もみ合った体制のまま寝息を立てる姫川さんと片桐さん(叫び足りないから酒浸りなんだ……フフ)のためにタクシーを頼んで戻ると、高垣さんが唐突にそう述べました。

「反省会……ですか?」

「はい。今日のように集まって、プロデューサーが合格点をもらえるように皆でアドバイスするんです。それにデートの後のたびにお話を聞くことができれば、美嘉ちゃんがわざと不合格にしているかどうか判断しやすいですし、それに――」

最後の一献を飲み終え、にっこりと、しかし有無を言わさぬ力が言の葉に込められていました。

「――これも女性へのアプローチに慣れる練習です。私を恋人のように想いながらお酒に誘ってください」


14:2017/02/11(土) 17:05:30.60 ID:
今回は本当に話が長いうえに完結まで時間もかかるので、話がどこまで進んだのかわかるように一段落つくごとに目次を挟みます
読むのを再開する時などに利用してください

プロローグ 凛

一日目 美嘉 楓

二日目 ??? ??? ??? ???

三日目 ??? ??? ??? ???

エピローグ 凛

キュート  ??? ??? ??? ???

クール  凛 楓 ??? ???

パッション  美嘉 ??? ???


15:2017/02/11(土) 17:06:17.06 ID:
今日はここまで
いつもは書き終わってから投稿するのですが、あまりの話の長さにちょっとモチベが下がり気味なので追い込みをかけようと投稿しました
今は二日目が終わったところまで書き終わっています
これから毎週土曜に、一人か二人ずつのペースで投稿していく予定なのでよろしくお願いします

16:2017/02/11(土) 17:13:36.98 ID:
とり乙

17:2017/02/11(土) 17:15:38.88 ID:
おつ
はよ続きはよ

18:2017/02/11(土) 17:19:01.39 ID:
あなたの書く武内pもの大好きです
応援してます

20:2017/02/11(土) 17:55:37.09 ID:
何故かは分からないけど、スレタイだけであなたのssだと分かってしまった。
これからも楽しみにしてます

22:2017/02/11(土) 18:04:34.50 ID:

Cu枠1つはへそ下さんかな(遠い目)

23:2017/02/11(土) 18:08:42.30 ID:
心の読めるエスパーアイドルだらけですね…

24:2017/02/11(土) 18:41:04.96 ID:
最高やん、もっと長くなれよ!!

25:2017/02/11(土) 19:05:39.65 ID:
ごめん、3日しかないのかよと素で思った。
冗長なだけの長さは苦痛でしかないが、このssならご褒美にしかならねえ

26:2017/02/11(土) 19:23:26.06 ID:
周りのアイドルが皆怖いww
特に楓さん

28:2017/02/11(土) 19:34:55.19 ID:
もうなんか既にお腹いっぱい感がww
でも続き楽しみにしちゃう

29:2017/02/11(土) 20:15:26.18 ID:
気づけ武P!このままじゃおま

31:2017/02/11(土) 22:01:45.55 ID:
この人のほかのSS教えておくれ

33:2017/02/11(土) 22:08:43.37 ID:
>>31
酉でggrks

34:2017/02/11(土) 22:37:04.07 ID:
>>33
さんくす

32:2017/02/11(土) 22:07:55.45 ID:
乙乙
期待期待

既に女性に疎い所につけこまれてるんだよなぁ…
こういうケースで必要なのは同期のまゆP


35:2017/02/11(土) 23:17:24.44 ID:
周りの肉食系アイドル?に狙われる武内P
既成事実作ろうと企んでるのか

36:2017/02/12(日) 00:31:27.10 ID:
やっぱ武内Pは振り回されてる姿が最高だわ

37:2017/02/12(日) 00:44:48.55 ID:
幸子カワイイ

38:2017/02/12(日) 05:56:41.62 ID:


39:2017/02/12(日) 07:18:34.55 ID:
丸数字は卯月あたりの視点ぽいな

42:2017/02/17(金) 11:59:31.30 ID:
面白い
続きはよはよ